研究で、穴を掘るんだとよ。樫の木の下の肥溜めに向って放尿しながら答えた。

 敷地のぐるりがトタン塀で囲われた。職人の掛小屋が出来た。真先に門の横の番人小屋が出来はじまって、建築が着手される一方で竪穴の発掘も進行した。天気さえよければ朝早くから夕方まで、例のおとなしい顔の若い男がやって来て、人夫を指図し、自分でも泥んことなってかたい古い赭土の表面へ黒い布をはいだようなところを掘っている。中学生もよく来た。あらまし人夫に黒土を掬い出させたあとは、この連中が軍手をはめた手に園芸用のシャベルをもって、用心しいしい深さ一尺ぐらいで長方形をしたその穴を掘りおこして行くのである。こわれたりしては困るものが底に埋っていることは、若い者に似合わないその仕事ぶりの細心な根気よさでよく判る。
 猛之介は、ぶらりと来かかったふりをして一日に幾度か仕事場へ入りこんだ。そして穴の成りゆきを観察し、掘っている連中の手元を監視した。骨董は天井知らずの価になって来ている。この間も、支那の骨董を種に何百万円かの詐欺がばれたことが新聞に出ていた。土器と云えば、かわらけの類だろう。そんなことを云ったって剣ぐらいは出るかもしれない。猛之介はそう思って、見ている。
 丁度、竪穴の一つに、竈《かまど》だというものが掘り出されたとき猛之介は居合わせて仔細に見届けた。穴の北側の壁の真中辺を掘っていた中学生が、オヤ、と叫んでシャベルの手を止め、井上さアーンと、もう一つの穴の中に跼《かが》んでいる若い男を呼ばわった。ちょっと! 何かあるらしいですよ。焼けた粘土が出ましたよ。すると井上という男が駆けて来て、そう、竈かもしれない、変に声をのんだような調子で云うと、二人は物も云わず、シャベルと手とで土をとりのけ始めた。殆ど昼からじゅうかかって二人が掘り出したのは粘土で厚くかためた焚口の、火床から外へ煙出しの通じた一つの原始の竈であったが、井上は、そうやって猛之介が飽きもしないで見ているのを、面白がって眺めていると思ったらしく、いかにもよろこびを共にわかとうとする笑い顔で、こんなに完全な形で竈がのこっていることは珍しいんです、と額の汗をシャツの腕で気持よさそうに拭きながら云った。ここに、ホラ、底のぬけた甕がさかさにしておいてあるでしょう。これは竈で炊事するとき甕の台につかったものですね。こんな時代にも、やっぱり廃物利用をしたんですね、と笑った。竈の前の踏みかためられた赭土のところを手で払うようにして調べて、井上は、ある、ある、ね、と中学生に示した。これが籾と藁の圧痕ですよ。この竪穴の時代にもう農作がされていたんですね。沢の方に水稲をつくっていたのかもしれない。
 尻っぱしょりになって跼みこんでそこの地点をのぞいていた猛之介の心には、一種の失望とともに侮蔑に近い感情が湧いた。なーんのことだ。大昔の百姓の穴小屋をほじくりかえしているのか。そんなら、大したものは出っこない。今だって東北のひどいところへ行けば、土間に藁をしていて寝ているという話だ。そんなところから、金めな代物なんぞ出ようもないことは知れきっている。猛之介は穴から外へ出ながら、どれもあらかた同じようなものですかな、と云った。剣だの何だのというものは、ここいらからは出ないかな。すると、井上はそういうものの出るのは、貴族の古墳ですね、と答えた。それに、西の方では鉄や銅をそろそろ使いはじめた時分に、関東はまだずっとおくれていて、やっとすこし鉄の端を刃物につかったりしているところも、歴史上なかなか面白いですね。
 しかし猛之介は、興ののらない表情で、翌日は竪穴のまわりへその姿を現わさなかった。あの様子でみれば、研究というのは本当だったのか。柱穴が幾つあるとか、溝がどうのと、物見を立てて写真をとったりする、それだけのことで格別の魂胆もなかったのか。そんなことを考え考え、煙管をかみながら猛之介が苗畑を見まわったりしているとき、昭和合金の敷地へは、別の見物人があらわれた。噂をききつたえた附近の小学生たちがかたまって、トタン塀の外から、何処から入れるんだい? あっちだよ、あっちに門があるんだよ、などという声々を響かせながら入って来た。いつも、大抵は男の子たちで、やや暫く黙って井上たちのすることを眺めていてから、ぽつり、ぽつり、それ何だろ、というような質問をはじめる。
 井上は、小学生の見物があらわれると親しい調子で、皆、勝手に掘ったりしちゃいけないよ、と先ず警告を与えてから、いろいろ説明してやった。こんな皿は、こわれ易いんだからね。まだ上薬がかかってないだろ。大昔の皿はみんなこんなのさ。工業はまだすすんでいなかった証拠だよ。
 一旦見てしまうと堪能すると見えて、同じ子供がくりかえして来るということは稀である。なかに一人、鞄をどこかへおいてから又
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング