ある。三年ぐらいはたちまちその条件のうちで経過する。その三年間就職しつづけた人々と、新たにそれから後に就職する人との間にはおのずから隔たりがあるのが普通である。安倍さんの青年時代のように、学校生活につづいて研究の時間がのびやかに前途に展《ひら》けていないのが今日の青年の生活が歴史からうけている条件である。世俗にみて就職がおくれることを問題としなくても、学問上の研究をその間途絶えさせることもある。
 現代の若い心は、さけがたいそれ等の義務に直面していて、雄々しくそれを果していると思う。戦争が世界的な規模になって来ている今、若い世代は次第に沈着にめいめいの運命を担って最善をそこにつくしてゆく健気な心になっている。友情もそれらの波瀾を互の人生的なものとして凌いで行こうとするその雄々しさと思いやりとで結ばれて行くように変化しつつあると思う。友情も新しい形でその可能を見出されつつあるのである。
 青春というものは誰にとっても経過する人生の一時期であるけれども、その経過のしようによっては、歴史が全く夥しい人々の青春を単に消耗するという結果になる。この事実を、人々はどう考えているだろう。一人一人の青春のおのずからな経過と歴史の力がそれを消耗してゆくこととの間には同じでないものがある。それを人々はどう感じているだろうか。この関係はもとより今にはじまったことではなくて、人類に社会生活が形づくられたはじめからあるわけだが、歴史の特殊な激動期にこの関係は非常に緊張して来る。或る種の人々はその緊張のために思考する力を喪って、より強烈な需要に自分の生活を吸収されつくしてしまう。経験が歴史の推進にとって重大な価値をもつのは十分な自覚と観察と判断と結論とが種々様々な思考と行動との間からまとめられて来るからであろう。そのとき一つの歴史が生きて経過され体と精神とによってためし験されるということが出来るし、人間として歴史に働きかけてゆく能動の力が生じるのである。
 どんなに歴史が強烈に動いても、それは人間の動きから発するものであるということは明らかなのだし、そうとすれば、人間の義務はあらゆる場合に、歴史に消耗されっぱなさず、歴史に働きかける力としてめいめいが存在しなければならないことにあるのではないだろうか。そして、この歴史に働きかける力としての存在の姿に、いろいろ私たちを考えさせるものもあるわけであ
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