擬古趣味になって、歌舞伎の肩はぎ衣裳だの小紋の、ちゃんちゃんだのがすすめられているのは、何処か趣向だおれの感じではなかろうか。働き着の面白さは、働きそのものを遊戯化しポーズ化した連想からの思いつきによってもたらされるものではなくて、やはり真率に働きの目的と必要とに応えて材料の質も吟味された上、菅笠で云えばその赤い紐というような風情で、考案されて行くべきなのだろうと思う。
 私たちの生活の中では、生活の中にある平凡さが、どこまでその美の内容をたかめて行きつつあるかということが、大切に考えられていいのだと思われる。署名もない、そこいらにあるものに、どんな美しさがこもっているかということ。つまりは美を生み出してゆく可能力がどの程度まで豊饒に一般の生活感情の内にはらまれているかという点が、問題になって来るのである。今日の日本では一般の生活感情が動揺しているとともに、そこにふくまれている創意性も複雑な転変を経験しているのが実際であろう。
 ひとの話では、染色の技法は今日或る転機に面しているそうだ。これまでは、刺繍だの金銀泥が好きなだけつかえて、染料の不足もなかったから、玄人とすればいろいろ技法を
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