式的に暫くその辺にぶらぶらしていてから、引きあげて行ってしまった。
 五月の気圧の低い曇った午後であった。雲母《きらら》を張りつめたような底光った空の下に花がすんだ木蓮の濃い若葉、年経た百合の樹の枝々を覆うように茂った若葉、重なりあった楓の青葉など、あたりの新緑は深くてこっそりと油絵の具の重さと感覚を校庭から教室の窓辺まで漲らせている。
 始りは神妙に黒板と机の上の紙との間へ視線をかぎっていた学生たちの気分が、教師のいない初夏の教室のいくらか頭の痺れるような空気の中で、いつの間にか何処からともなくそよぎはじめた。
 問題の中に一つ年号があって、杉子はそれが思い出せなかった。火照る頬っぺたへ手の甲をあてて、下がきの紙へ考えながら麻の葉つなぎを描いていると、となりの席の沢田美津子が一人ずつ向っている机の上へ突伏すようにした顔を杉子の方へ向け、
「ああ悲観しちゃった」
 まわりの二三人にはきこえる声で溜息した。
「ねえ、仇役の騎士は何て云った?」
 杉子はいたずら書をしていた紙の端にアーサ王物語の中の一人の騎士の名を書いて、それを美津子の方へ向けてやった。それに誘われて何心なく、
「私は三番
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