芝居を観ていた。築地の小劇場へもよく出かけた。英語に力を入れた外国人経営の女学校を出ている毬子の若い時代の気風が、歌舞伎通にするよりは、思い出話にも松井須磨子のことを語らせた。
伊田が、そういう毬子の話に生きた歴史の一頁の面白さを感じるのは杉子によく理解されたし、自分としてはただ見聞として思い出の下にしまわれていた話が、伊田の知識でおぎなわれて、毬子自身に新しい意味で味わいかえされるらしい楽しさも、杉子には優しい共感で思いやることが出来た。だから、何にもこだわらずに皆で愉快にすればいいのに。
机の上に飾られているフリジアの花に髪が触れるほど顔を近づけて、つよいその匂を吸いながら、杉子は涙ぐみたいような気になった。
母がそれとなし警戒しているようなことは杉子とすればまるでいらないことに思えた。自分から率直に興味を示したりすると、娘の伊田への関心が度をこしたものになりはしまいかとでも思っているのだろうか。
その学期が終ろうとする頃、杉子のクラスで一つ妙な事件がもちあがった。英文学史の臨時試験の日に、その学課をうけもっている教師が欠席して、文法のひとが問題を黒板に書きつけ、ほんの形
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