本屋をやっている仲間の家から、聖橋へ向ってぶらぶら歩いていた。さっぱりとした西風に吹かれて夕焼雲がしずかに漂っている初夏らしい夕方であった。ニコライのドームの古びた白堊の壁に遠い空からの夕映えが微に映っているような広い改正道路の風景には、そこを歩いている杉子自身を小さい点景の人物のように思わせる面白さがあった。
 濃緑のネクタイを風にふかせていく伊田と並んで赤い書物入の鞄を振るようにして快活に歩いていた杉子は、後から来た靴音で何心なく歩道の内側へよけようとした。するとその靴音はそのまま追いぬいて行かず何となしわざとらしさで二三歩|跟《つ》いて来たと思うと誰かが杉子の右肩にちょっと触れた。
 防衛するようにその肩を捩ろうとしたとき、
「杉ちゃん」
 ひょいと出た顔を振仰ぐと、杉子は覚えず、
「まあ」
と声を出した。
「びっくりしたね。どうも杉子さんらしいと思ったが、当ったね」
 それは母の兄、杉子には伯父の兼吉であった。八分どおり白い髭を動かして薄笑いしながら、
「妙なところで会うこともあるもんだね」
 そして、伴立っている伊田は全然無視した視線を見下すように杉子にだけ注いで、
「若い娘
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