来たのにからてでかえったりすると怨まれてよ、お母さん全くお好きなのねえ」
と、自分の煎餠ぎらいにひきくらべて感服しながら、近所の名物を持たせてよこした。杉子が玄関でその帛紗づつみを手首に通すのを、わきから八つの甥の行一が見守っていたが、やがて口を尖らすような熱心な声で、
「ね、そのお煎餠ね、外米が入っていないんだよ」
と云った。居合わせたものは思わずふき出して、杉子は、
「じゃ、忘れないでおばあちゃまにそう云うわ」
 行一の日焦けした小さいかたい男の子の手を約束のしるしのように握って来た。
 電車の中も降りた駅の附近も今日は子供づれが多くて、天気の好い日曜のそんな四辺の空気に誘い出されたように、ずっと遠くまで見晴らしのきく線路沿いの堤の黒い柵のところで子供に電車を見せている兵児帯姿のいい年輩の男の人もいる。その下駄の足許には短いけれど青々とした草も萌え立っているのである。
 道すがらのいろんな光景は平凡なりに杉子の心に溌剌と映って、杉子はのんきなような何処かちょっと気にかけている思いもあって、春らしい艶の桜の枝の下を歩いている自分の気持も面白く感じられた。
 友雄は留守の間に来てしまっ
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