たかしら。杉子は歩きながら手頸の時計を見た。三時すこしまわっている。
 今朝神戸の二番目の姉のところから味噌漬の牛肉が届いた。母の毬子は日づけを見ると急に忙しそうな顔になって、
「おや、きょうあたりがたべ頃よ。困ったのね。準次さんの大好物だから、どうせわけるなら漬けすぎにならないうちにたべさせたい」
 鍵のてになった四畳半の濡縁に立ってこっちの葉の間を眺めていた杉子に、
「どうお、杉ちゃん。あなたちょっと行っておいて来てくれると、さぞおよろこびなんだがねえ」
と云った。
 男二人の間に女が三人もあって、杉子のほかはみんなそれぞれに家庭をもっている。荻窪の糸子の家は、杉子の学校にも近いし、姉夫婦と気も合って、杉子はちょくちょく書物鞄のほかに、この節ではメリケン粉のつつみを出がけに持たされたりする。
 今母からそう云われて、杉子は何となしすぐ返事しなかった。そしてひとりでに程よく波うっている髪にふちどられた大柄な瑞々《みずみず》しい顔だちの上で目を瞬くような表情をした。
「――午後からでいい?」
「結構さ」
「そんなら一時すぎたら。――ね」
 くるりと踵でまわってスカートをふくらませたなり
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