木の奴、よっぽど気がかりなんだな、くりかえし細君のことをたのんで行ったよ。月給もきっと細君の方へ送ってやって呉れって。細君てひとは孤児なんだって」
鈴木の親はその結婚を認めていないので、身よりのない若い妻をたった一人ぼっちで東京において置けない気がするのであろう。往きに岡山とかの親戚へあずけて行くと云って、同じ汽車で立って行った。
「小っちゃな子供みたいに雀斑《そばかす》のある顔して、そのひとは、誰にもかれにもお辞儀ばっかりしていた」
気持よく糊のついた浴衣《ゆかた》にきかえて、大きく脚をけるように動かして兵児帯《へこおび》を巻きつけ終ると、慎一は、
「どうだい、峯子」
そこに立って着換えを手つだっていた峯子の肩に手をかけて、自分の方にその顔を向かせた。そして、半ばは冗談、半ばは本気という表情で、凝《じ》っと若々しい正直な妻の眼を見ながら、
「この俺だって死ぬかもしれないんだよ、大事にしてお呉れ」
と云った。すると、これをきいた峯子の顔がさあっと上気した。
「ああそんなこと」
慎一の片っ方の手をつかまえて、我にもなく自分の胸へしっかりおしつけながら、
「とうに分っていることじゃ
前へ
次へ
全32ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング