、年配だの専門だのはそれぞれ雑多にちがっていながら、その居据り組とおぼしい連中が、少し熱して話しこんでいる話題に注意を向けてみると、きっとそこには時勢を利用して動いた側の人物、その事柄がとりあげられ喋られている。
雑談などというものは常にそういうものであるとも云えようが、何かそこに今日の神経の共通なうごきかたとでもいうようなものが加っている。
卒業以来、ずっと北海道へ行っていた飯島という同級の男が、急に上京したと云って四五日前電話をかけてよこした。ゆっくりする暇がないというので、とりあえず親しくしている二三人を銀座の方へその昼によび出した。同じ学校出だから、飯島も専攻は語学だが、函館のある商館につとめていて、そこが今度南洋へ手をのばすについて、関係方面への折衝に来たのであった。
耳馴れない南洋の島々の名をいくつかあげて、複雑な背後のいきさつをほのめかしながら喋っていた飯島は、
「用事というのはまあそんなとこだがね」
ズボンのポケットへ両手をつっこんで、チューブ椅子の上で胸を張る姿勢をとり、
「それとは別個に、今度は僕も大いにやるぞ」
慎一は思わず笑った。
「ひどく意気込むじゃないか」
函館でばかり暮した五六年のうちに、学生時代からどっちかというと大まかであった飯島の表情は、額、眉、頬のあたりへかけて肉の厚みと濃い血色とを加えた。それが彼の胸の前に下っているあらい斜縞のネクタイのコバルト色との対照で、最初の一瞥から慎一の心に彼らしさの親しみと一緒に漠然哀感に似たものをよびさましているのであった。
外字新聞社にいる戸山が、持前のやや皮肉な笑いを鋭く聰明らしい黒い眼の中に輝やかして、
「大陸へでも乗りこむか」
と云った。
「そんなんじゃない」
両手でジョッキのまわりをつつむようにしながらのり出した。
「君たちはどう思っているか知らないが、これからの北海特産物は、大した意味をもって来るんだぜ」
大陸の治安が恢復するにつれて、北海道から出る穀類、海草類がいくらでもそっちへ輸出されるようになって来るというのであった。
「現に大分動いている。将来はどの位の販路がひらけるか分らないくらいだ。来る汽車ん中で二三の人にその話をきかせたら、そりゃいいことを教えてくれたってよろこんでいたよ」
「特種を公開しちゃっていいのかい」
「ところが僕がほんとにやろうとしているのは海草じゃないんだ」
飯島はちょっと肩をすくめるようにして笑って、
「僕のやるのは貝柱の方だ」
ヨーロッパ大戦でもはじまればそれこそ大したものだが、そうでなくって中国へ出すだけでも北海道の貝柱は足りないくらいだ。
「支那人は皆あれを料理につかうんだからね。――どうだい、出資しないか」
「本当に、そんなにみんなが食うのかい?」
戸山が、にやつきながら飯島の顔を見た。
「俺は『大地』って映画をみたが、そんなものを食っちゃいなかったぜ」
「君は駄目だよ、毒舌を弄するばかりで福運のない男だよ、この前わざわざ手紙であんなに金を買っとけと云ってよこしたのに、何もしなかったじゃないか」
むきな調子で戸山をそうきめつけておいて、飯島は、黙ってきいている慎一に向い、
「貝柱っていったって、白い綺麗な菓子みたいに乾したものでね、このくらいの」
と手で箱の大きさを示して見せた。
「箱入りで、臭くもなんともありゃしないんだ。二三年は平気でもつもんだ」
貝柱が白くて綺麗で菓子みたいであることを、飯島はひどく熱心にのべた。
そんなに白くて小さくて綺麗な貝柱の類で、巨万の富をつめるという想像が、山林とか鉱山とかいう対象とはちがった魅力の刺戟であるらしかった。現に土地の有数な実業家の一人がそれで資産をこしらえた。
「運輸会社の重役でね、そんなところの重役ぐらいしていたとこでそんな資産の出来っこがないんだ。よほど前のことだが或る機会にずばり訊いたらね、いや実は貝柱の内職があるんだってわけさ。それで思い付いたんだ」
「買いしめるわけか」
「そうさ」
テーブルの上で、飯島はポンポン煙草をたたきながら、
「丁度やりかかろうとしたとき、急にこっちへ来ることになってしまったが……今度はやるよ」
「そんな元手がいつ出来たのかね」
口の重い志保田が、変にばつのわるいような生真面目な顔つきで質問すると、
「銀行からかりるさ!」
その度胸がなくて、という風な答えかたで、銀行利子とその貝柱がこの半年の間に騰貴した率とを比べたりして、飯島はビールのせいよりも自分の話題で紅潮した顔を、友人の一人一人に向けて話した。
「いくらくらいかりるんだ」
「銀行が貸すだけ借りるつもりだ」
それをきくと同時に、志保田は椅子の上で居ずまいを直すように体を動かし、伏目のまま煙を吐きながら、そこに出ている灰皿の底へきつくバット
前へ
次へ
全8ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング