んだろうか、下駄をあずかる気分にもちがったところをもっていて、来る人間に、目前の利慾からはなれたこころもちをおこさせる調子があるのである。久しく来なかったら、よくよく様子が変りましたね、入場券、あちらで貰うの、そう訊くと、爺さんは、ああと肯きながら又ひとりでに立ち上って、そこを入って行った右手のところでね、と教えた。
やっぱり柵の間を通るようになっていて、そこにテーブルをひかえてこちら向きに受付がいる。そこで閲覧料を十銭だせ、と書いてある。十銭ですか、特別も? 黒い毛ジュスの事務服を着た中爺さんは、首だけで合点して、そう、と答えた。この役人風な調子も、やはり上野風である。戦争でやけてしまわなかった図書館をよろこんで珍しく眺め直すこころもちには、役人くささも、相変らずとほほえまれた。
二階へ上ると、おどり場に台と腰かけがおいてあって、喫煙室と書いたしるしが立てられている。そこで外套をきた若い男が二人、てんでにちがった方角を見ながら煙草をふかしていた。三階の書籍かり出しのところとカタログ室とは、もとからここにこうしてあっただろうか、いかにも埃っぽくて奥が深く暗い書庫に向って、裁判所めい
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