じゃないか、ええ?」と、うけつけないのであった。春桃は、向高と自分とは天地も拝せず三々九度の盃も交さず、ただ故郷の兵火に追われて偶然|遁《に》げのびて来た道づれの男女が、とも棲みしているばかりだと主張していた。しきたり通りの婚礼をした春桃の良人は李茂《リイマオ》という男だった。やっと婚礼の轎が門に入ったばかりの時、大部隊の兵が部落に乱入して来て、逃げ出した新夫婦は、二日目の夜馬賊に襲撃されて又逃げるとき、遂にちりぢりとなった。その時より四五年経った。彼女の几帳面さと清潔とを見出されて、或る西洋人の阿媽となったが、春桃には、どうしても西洋の体臭に添いかねて、やめてしまった。大きな屑籠を背負い、破れた麦稈《むぎわら》帽子に、美しい顔の半分をかくした春桃は、「屑イ、マッチに換えまァす」と呼んで暑い日寒い日を精出した。そして帰れば夏冬の区別なく必ず体を拭いた。その湯を用意して待っているのは向高である。葱五六本、茶碗一杯の胡麻醤油を買って来て二人で食べる。「彼等のこの数年間の同居生活は、鴛鴦《おしどり》のようだと云っていけなければ、一対の小さな雀のようであったと云えよう。」
 ところが或る日のこ
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