国に対してはいつも侵略者であったという悲しむべき事実から、同じ東洋のわたしたちも、パール・バックの鏡によって、真実の中国への愛をよびさまされたのであった。
「春桃」の中に一篇の「うつしえ」という作品がある。冰心女士の作品である。この短篇を読んで、小さくはあるが非常に深いおどろきにうたれるのは、私一人ではなかろうと思った。パール・バックの作品を近代の堂々とした三面鏡にたとえるならば、冰心女士のこの小説は、紫檀の枠にはめこまれた一個の手鏡というにふさわしい。けれども、このつつましい、繊手なおよくそれを支える一つの手鏡が何と興味つきない角度から、言葉すくなく、善良な一人のアメリカ婦人の衿あしにみだれかかる幾筋かのおくれ毛を見せてくれているだろう。東と西とが団欒する客間の椅子では語られず、聴かれない、おくれ毛の人生的なそよぎが「うつしえ」一篇にみちている。「うつしえ」の女主人公は、ニューイングランド出の婦人宣教師C女史である。彼女が二十五歳で中国のキリスト教女学校に赴任して来たとき、一番若い、一番美しくてやさしいC女史は、どんなに崇拝の的になったろう。P牧師も、きっと彼女の良人になる人だろうと
前へ
次へ
全24ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング