よんだので「先に小人、後に君子」の道理をのみこめたし、生存の利害はきっちり春桃に結ばれていたし、嫉妬してはならないと云ったから、彼はその種子さえも踏みにじってしまった。李茂にしても、春桃のところから出てほかのどこへ行きたかろう。李茂は、家の内にいて、切手や紙のよりわけが上手になって行った。
 けれども二人の男と一人の女とが、一つ※[#「火+亢」、第4水準2−79−62]の上に寝るのは、どうもあまり便利ではなかった。二人の男の間に、微妙な不安があった。二人は、春桃をゆずり合い、幾度も字のかける向高は「赤い書付」をかいた。春桃は、何度もそれをやぶいた。そういうおだやかだが、こころにかかるいきさつのうちに或る夕方、向高の姿が見えなくなった。その姿をさがしても見当らず、がっかりして帰って来た春桃が見つけたのは、窓の※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子《れんじ》に自分の体をつり下げている李茂であった。彼は息をふきかえした。二日経って、春桃が商売からかえると、部屋からとび出して来る向高の姿を見た。
「あんた、帰ったのかい……」春桃の頬を涙が流れた。
「おれは、もう向哥《シャンさん》と相談し
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