定な動揺を感じずにはいられない。その動揺の、落付こうとする方向を、いかなる形式に於ても暗示するヒントが、やがて、その「意外」の種類を決定するものなのではないだろうか。
 この場合では、正隆に対する徳義上の疑問が、落付きを与える一つの重しとなったのである。即ち、外国語には通じている正隆が、不完全な日本文の弱点を補うために、彼の長兄である正則の助力を仰いで置きながら、それをそのまま知らん顔で提出したのではあるまいか、というのである。
 勿論、それはありそうなことで、ないとはいえなかった。正則は、素人でこそあれ、漢詩をよく作ることで、一部には著名であった。その兄を持つ正隆が、若し彼を強請《せび》って書かせたとすれば、この位の文章位、何の苦もなく出来《でか》されてしまう筈なのである。
 従って、ありそうなこととして、この疑問が、皆の胸に湧いたことは、理由のないことではなかっただろう、然し、漠然としているにも拘らず、人間の心に不思議な昏迷を与えるこの感じは、危険なものである。人は、なかなかその妙な暗示から解放されることが出来ない。正隆が、二人掛りで遣って置いて、そっと口を拭っているのではあるまい
前へ 次へ
全138ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング