良人の死に逢って、殆ど食餌も喉に通らないほど、悲歎に暮れると同時に、正隆は、愛すべき良人の最後の記念として、自分に与えられた者だ、という感銘を、烙印のように魂に刻みつけた。彼女は、尊ぶべき良人が、彼の死後自分を襲う寂寥を思いやって、この望むことさえ不可能に見えた嬰児を、自分に遺して行ってくれたのだという感謝と追慕とに泣き咽びながら、空虚になった胸の上に、一人の痩せて虚弱な男の子を抱き捧げたのである。
この感傷が、未亡人の心には、不可抗な愛着を募らせずには置かなかった。愛に対して、自発的であった彼女は、明かに二種の、相異った愛を混同して、正隆の上に注ぎ掛けた。彼女は、良人に対するような愛慕と眷恋《けんれん》と甘えとを、子供に対すべき母親の、大らかな愛護の中に混ぜ合わせて、彼を育てたのである。
こういう境遇に生れた子の例に洩れず、正隆は生れた時から虚弱であった。
何かというと直ぐ痙攣《ひきつけ》る、神経質な、泣き虫な彼は、揺籃の時から、自分をとり繞《かこ》んだ、むせるような熱愛の中で、まるで温室の植物のような発育を続けた。種のうちから、硝子張りの室《むろ》に入れられたひよわい草の芽が
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