亡人の輪郭のうちに混って、存在をぼやかしていた二人の不幸な父子は、俄にその力弱い姿を、天日に晒さなければならなくなって来たのである。
この場合、当然に起るのは、彼、正隆の自活という問題である。未亡人の遺産は、永久に彼等を無為に送らせるほどはない。従って、正房と彼自身の生活の足しとするために、正隆が、何かの職業に就くことは、この場合、彼が父として負うべき当然の義務であったのである。けれども、正隆は、掉頭《かぶり》を横に振った。誰が何と云っても、動こうとはしなかった。周囲の勧誘と、自らの動揺が強ければ強いほど、運命の、あの悪辣な係蹄を思う正隆は、命に懸けんばかりにして、あらゆる申出を拒絶した。そして、人々の侮蔑の混り合った憐愍のうちに、甥に当る人佐々義一の家庭に移り住んだ。丁度その頃、佐々の当主が、海外視察に派遣されようとする時であったので、主人より年長者である正隆は、言を換えれば、無人な留守の番犬として迎えられることになったのである。正房を、親戚の一人に委ねて、正隆は、明るい、幸福な家庭に、ポツリと薄黒く汚点《しみ》のような姿を現したのである。
壮年の主人を戴いた若い佐々の家庭は、総
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