でもまあ、少しばかり読んだり書いたりする位が人間らしい。
 何か読むか書くかしなければ居られない私がその仕事を取りあげられて仕舞うと「どら猫」より馬鹿になって仕舞う。
 ボンヤリと空をながめて居たり、うなだれて眼ばかり上眼を用《つか》って物をねらう様な様子をしたりする。
 変に陰気になってろくに笑いもしなくなる。
 呑助が酒を取り上げられたのと同じになるのをつい此間から草花でまぎらす事を気がついた。
 五六本ある西洋葵の世話だのコスモスとダーリアの花を数えたりして居る。
 早《はや》りっ気で思い立つと足元から火の燃えだした様にせかせか仕《し》だす癖が有るので始めの一週間ばかりはもうすっかりそれに気を奪われて居た。
 土の少なくなったのに手を泥まびれにして畑の土を足したり枯葉をむしったりした。
 けれ共今はもうあき掛って居る。
 あんまり騒《さわ》がなくなった四五日前から前よりも一層ひどく髪が抜ける様になった。
 女中に「抜毛を竹の根元に埋めると倍になって生えるそうだ」と母《はは》が「裏の姫竹の根に埋めておやり」と命じた。
 女中はハイハイとうけ合って居たっけがそのまんま忘れて午後になっ
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング