会小説が求められたのであった。その要求は一つの必然に立つものではあったが、さきに細々《こまごま》とふれて来たように、その出発の一歩で、文学としての自主性を失ったことから、結果としては小説から人間が退場させられるという光景を来した。作者は作品に対する自己のモティーヴなどに心を煩わされることなく、書けないという往年の作家たちの悩みなどは無縁な心情で、対象への愛や凝視に筆足を止められず、書くという状態になった。
人間を文学に再び息づかせるには、作家が先ず人間への愛をその精神の内に恢復させなければなるまい。自身の創作のモティーヴを見きわめ、描こうとする対象と自身との渾一の状態を求め、話の筋よりは作家の生命が独特の色、体温、運動をもって小説の世界に呼吸しなければならない。そのように作家が己れにかえる道は、短篇小説の新しい見直しにあるのではないかと考えられたのであった。
形式の上の小ささから、短篇が心境的な要素に立たなければならないという先入観は誤りで、例えばチェホフの短篇にしろ、短篇が普遍的なる世界をもち得ることは明かである。私小説に出戻るというのではなく、社会生活に対する興味と関心と、その
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