五
このようにして移って来た現代の文学が、一方で小説の素材主義に対する批判を生んだのは当然のことであった。小説が文学的感銘を失い、その世界に水々しく生きている人間の姿を失って、題材の筋書を辿るばかりのものに堕したという不満が一般に聞かれるようになった。それにも拘らず、長篇書き下し小説の流行はかつてない勢で出版界を風靡した。慌しく忙しく流行作家は長篇を書き下しつづけたのであったが、この商業的な文学の隆昌が、昭和十四年度にははっきり文学のインフレ景気という名称を蒙って、出版界の賑かさに反比例する文学の質の低下が真面目に注目されるようになった。
文学の精神は自主性を失って文学の外の力に己を託した日以来、下へ下へと坂を転り、その転る運動を文学の時代的反応の当然の動きであるかのように偽装しながら、この年に入っては、遂に文学性などというものに煩わされる心情を蹴り捨てた一種の作品が流行した。「結婚の生態」はかつて「蒼氓」を書き「生きている兵隊」を書いて来た石川達三が、文学非文学の埒を蹴って、文学を常識性の一ばん低く広い水準での用具とした一つの実例であった。
「生きている兵
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