ものであるのは一つの現実であるけれども、馴らされるまでに内外から蒙る衝撃と思考の再編成の姿は、人間の生活的ドキュメントであろうけれど、火野の記録にこの歴史から照り返される人間精神の一契機は、語られていないのである。
日清・日露の時代とは比較にならず文化戦の意義は広汎に自覚されていて、作家の現地派遣も新しい時代の要求の方向を示すものである。桜井忠温は日露の時代が生んだ一種の戦場文筆家であるが、この人の文章にもやはり火野と同様の素朴な自然人の感情と兵士の立場とが二つのものとしてのまま現れている。そして同じく戦場の異常性というものはその表現の上に極めて抑えられている。文化を動員する方法は大きい変化を示しているにかかわらず、戦場文学ともいうべき火野の諸作が、本質的には桜井忠温の現実の反映のし方から決して三十有余年の人間知性の深化を語っていないというのは、如何なる理由によるのだろう。
文学としてはこれらの問題を含みつつも、火野の文章が世上に伝えた波動の大きさは正に、銃後の心理を思わせるものがあった。
同じ時に、上田広の「鮑慶郷」という小説が発表された。火野の文章と対比的に世評に上ったが、前
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