小鳥
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)時雨《しぐ》れる

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九二二年四月〕
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 午後から日がさし、積った白雪と、常磐木、鮮やかな南天の紅い実が美くしく見える。
 机に向っていると、隣の部屋から、チクチク、チチと小鳥の囀りが聞えて来る。二三日雪空が続き、真南をねじれて建った家には、余り充分日光が射さなかった。寒さや陰気さで縮んでいた彼等は、久し振りに障子もあけて置ける暖かさでさぞ嬉しいのだろう、雨だれの音、小鳥の声が、入り混り優しく響く。
 全く、彼等の天候に支配されることといったら、私以上の鋭さである。紅雀、じゅうしまつ、きんぱら、文鳥などが一つがい、二つがいずついる。少し空が曇り、北風でも吹くと、元気な文鳥以外のものは、皆声も立てず、止り木の上にじっとかたまって、時雨《しぐ》れる障子のかげを見ているのである。
 人間でも気が滅入《めい》り、火鉢の火でもほげたく思うような時、袖をかき合わせて籠をのぞくと、一層物淋しい心に打たれる。陽気な長閑《のどか》な日和の時には、晴々と子供らしく、見る者の心まで和らげる彼等は、しんだ日に猶々心を沈ませるような姿を見せる。小鳥に対して人間は、いつも楽しげな、軽快なものという先入主を以て対している。それが気の無さそうな風をして、ひっそり足をすくめていると、非常に四辺をわびしく思うのであろう。
 始め、我々が小鳥を飼ったのには、別に大した理由もなかった。去年の夏、田舎に行き、青々と葉を重ねた葡萄棚の下に、真黄なカナリアの籠の吊してあるのを見た。止り木から止り木へ、ひょいひょい身軽に移る度毎に、細く削った竹籠のすきから、巻いた柔かそうな胸毛の洩れる姿が、何ともいえず美くしかった。
「いいわね」
と私が云う。
「僕等も何か飼ってみようか」
 良人が云う。帰京すると、彼はいつの間にか大きな金網を買って来た。そして、余りの休暇の折々に、大工の音をさせて、大きな円天井の籠を拵えた。そして、
「あら、真個《ほんと》にお飼いになるの」
と云う間もなく、可愛い二羽のべに雀と、金華鳥、じゅうしまつなどを、持ち運びの出来る小籠で、大切そうに運び込んだのである。
 私は悦び、額をつけて中を覗いた。子供の時、弟が、カナリアと鶏、鳩などを沢
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