ながら、低い入口の敷居を、妙に念に念を入れて片足ずつ大がかりに跨いで。火鉢の前にいるいしを認めると、ろくは、ぽくりと上体をまげて礼をし、そこに突立った。いしは、電燈の灯の下でさえ黒く、しまりなく、薄汚く見える娘の顔を見ると、元気のよかった笑顔を酸ぱいように口許で皺めた。
「まあ、こちらにおあがり」
 ろくは、やっぱり何だか手間のかかる外鰐《そとわ》の歩きつきで、帳場の傍へ上った。彼女は、手をついて、
「何にも出来ませんが、どうぞよろしく」
と挨拶した。その調子は、もう自分はこの家にいられるものときめこんで安心しているようであった。
 いしは、迷惑なような、擽ったいような心持がした。ろくには、多くの女のように、一目で家の中まで見廻すような小憎しい狡いところがない代り、明かに足りなそうなところがあった。足りなくても、色でも白く、見た目がよければまた別だが……。いしは、ろくに訊いた。
「お前さん、奉公は始めてかい」
 ろくは、唇の裏に唾がたまり過ぎているような言葉つきで、
「いいえ、鎌倉の方にもいました」
と答えた。
「お茶屋かい?」
「いいえ、親類の家」
「そうだろうね、客商売でそのなりっ
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