は、どんなに笑い出したかったろう。
「それぎりか」
 ろくは、一層途方に暮れて見えた。彼女は、手の甲で、幾度も幾度も涙を拭きながら、やっと云った。
「子供が……子供が……」
 いしは、眼を瞠った。
「子供がどうしたんだい、お前さん子供があるの?」
 ろくは、また合点をした。
「どこにさ? 親んところにかい?」
 ろくは、首を横に振った。いしは、瞳が寄るほど力を入れてろくを見た。
「――お前ったら……おなかが大っきいんかい? じゃあ」
 ろくは、ぼっくり頷いた。皆黙ってしまった。駐在は、程なく手持無沙汰に立ち上った。
「じゃあ……兎に角今度のところは、本人の意志から出たことらしいから、このまま黙許してやるから……今後ともよく注意して。何かあると店のためにもならんよ」
「どうも……まことに……」
 いしは、駐在を送り出すと、立てつづけに煙草を吸った。引込んでいた亭主が出て来た。
「――仕様がないじゃねえか、あんな奴を背負い込んで……」
「始めっから判ってりゃ誰も置かないよ」
「疎いなあお前も、女のくせにして、わからないのか様子で」
 いしは、馬鹿にしたように亭主を見た。
「――夫婦喧嘩した
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