しは、
「仕様がないねえ」
と云いながら、機嫌よく笑った。
「こうなると愛嬌だね――誰が本気で対手にするもんかよ」

 ろくに、狭い村の道順が大抵分った頃であった。或る夕方、ずっと山よりの別荘へ焼魚を届ける用が出来た。せきは、座敷で衣を着た客の対手をしている。いしは、
「一寸、おろくどん」
と呼んだ。
「お前さん、気の毒だが山科さんのところまでこの岡持ちを届けて来てくれないかい。ほら、知ってるだろう? つい二三日前も、おせきと行った茅屋根の家」
「ええ」
「大丈夫だね、よそへなんか置いて来ちゃあいやだよ」
「あのう、畑んとこの家でしょう? 子供のいる」
「そうそう。もう日が翳《かげ》ったから傘なしで行けるよ」
 一時間余り、いしは、いそがしい思いをした。県庁の社会課の役人が、××寺で講演会をしに来た。六人前、酒が出た。不図気がつくといそがしい訳であった。ろくがまだ帰って来ていない。彼女は、
「幾時間かかるんだろう! たった三四丁のところへ行くのに」
と独言したきり、まぎれた。が、程経って、上気《のぼせ》た顔付でせきが、
「おろくさんまだですか、手が足りなくて」
と出て来た。いしは、時計
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