うな家だのに、近頃××寺の僧たちは、大分そちらにとられた。酒や煮物が、特別小松屋と異うのではない。いしは、微妙なその秘密を知っていた。それは、二十四になる、たから亭の娘が小綺麗で、気まぐれだという評判があるからだ。
いしは、今度こそ本当に若い、可愛い、素直な娘を探そうと思い込んだ。そして、この頃は蒲団ばかり借りて行く僧たちを、また、うちで飲ましてやるのだ。彼女は方々に世話を頼んだ。
お柳が出てから、間のない夕方であった。いしが、例によって台所にいると、店に博労の重次が訪ねて来た。
「おかみさん、一寸手ははなせねえか、話のあった娘っ子が見つかったんだが」
いしは、紺絣の前掛で手を拭きながら出て来た。
「そうですか、そりゃあありがとう。何にしろ、おせき一人じゃ困るから、いくつです」
重次は、煙草を吸いつけながら答えた。
「注文よりゃ二つ三つくってるがね、二だとよ」
「――なかなか頃合というものはないもんだね。で、どこだい? 生れは」
「逗子だとよ、親許あ」
「やっぱり浜のもんだね……私が浜育ちでがらがらだから却って調子が合うかもしれない」
いしは、新しい女に対する好奇心や希望で活溌にハハハと笑った。
「こんな商売こそしてるが、家は堅いんだからね、お金だって確かなもんさ、人に云えないような貰いなんぞ鐚《びた》一文ない代り、定った給金はちゃんちゃん懐に入るんだからね……」
重次は、ぽつりぽつり云った。
「そうともよ、それにその娘あ、まあ次第によっちゃあ、お前《め》えんところから嫁の世話でも仕て貰いてえ位に思ってるらしいから落付くだろう」
いしは、早く当人を見たいと思った。
「それでなにかい、その娘は今逗子にいるんですか」
「いいや、もう来ているのさ」
「何処に? この土地にかい?」
「ああここに」
「ここに? なあんだ! そいじゃあ一緒に来たわけかい、馬鹿馬鹿しい、お前さん、何だって今まで黙ってるんだよ、可笑しな人っちゃあありゃあしない」
いしは、笑いながら、四枚閉る硝子戸の方をすかすようにして声をかけた。
「さあ、一寸お前さん、入っておくんなさい、ちっとも遠慮はいらないよ」
重次に、
「何て名だい」
と訊きながら、薄暗い土間に現われる娘の姿を、いしは熱心に見た。
「おい、ろく公、這入んな」
のそりと、硝子の彼方から、ろくは土間に入って来た。にやにや笑い
前へ
次へ
全12ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング