町工場」の題材とちがって、国家の権力によって組織されていた一つの巨大な野蛮と殺りくの全体系の一部分を題材としたのであるから、作者が題材としてきりとって来てそこを描き出した一片の経験は、短期間の、比較的平穏なものであったにしても、人民の芸術として読みごたえのあるものになるためには、書かれる一行一行の奥ゆき、それを貫いて底まで届いている浚渫船の鉄網のような作者の理解が必要とされる。「軍服」は、この作者のもっている自然ないいところと、自然でいいというだけでは、複雑な社会機構を描くに不十分であるという事実とが、くっきり出ている。作者にとっても読者にとっても、なかなか面白い勉強の材料である。
 日本の軍隊は、非常によく組織された殺りくのシステムであった。日本の警察とスパイのシステムが世界に冠たるものであるように。それは十四年間の戦争中に、戦争の段階に応じて残酷さの程度をまして来た。特攻隊をつくり出すまで非人道になり、絶望した若い人々を、そのせっぱつまった心理から、猛然として敵前上陸でも何でもしてしまうようにもって行った。ちゃんと心理的にそういう戦術をつかった。このことは、将校教育をうけた人は知っ
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