もりでいれ! かすれたり、そうかと思うとにじんだり、貞之助の頑固に毛ばだった眉毛を思い出させる不揃いの文字で罵倒しているのであった。小祝勉殿と書いてある封筒の下のところに、ひどい種油の汚点がついて、それがなかみまで透っている。
故郷のA市で、貞之助はここ数年間、毎朝納豆の呼び売りをしていた。おふくろのまきは夜になると親父をはげまして自分から今川焼の屋台を特別風当りのきつい、しかし人通りの繁い川岸通りまで引き出して一時頃まで稼ぎ、小学を出た弟の勇は銀行の給仕に通った。それで、妹のアヤを合わせて一家が暮しているのであった。
勉夫婦が、三つのミツ子をそんな暮しの中へあずけたのには、わけがあった。
前年の春、勉は仕事をしているプロレタリア文化団体の関係でやられ、びんたをくわされたのが原因で、悪性の中耳炎になった。勉は脳膜炎をおこすほどになったとき警察から、施療の済生会病院へ入れられた。そこでは軍医の卵が、一々そこを切れ、あすこをつめろと教えられながら勉の耳を手術した。その後の手当も専門医が診てびっくりしたほど粗末な扱いで、夏に入って、極めて悪性の乳嘴突起炎を起した。友達のつてで別の病院に
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