いた時分から勉が送ってやっていた。貞之助はこれ迄どう思ってそれを見ていたかしらないが、その日は乙女の云うことを凝っと聞いた。夜、祖母ちゃんに、
「おやきの道具、あんげなものでも売らねばよかったナ」
そう云っている祖父ちゃんの声がきこえた。
三
寝しずまったアスファルトの大通りから、ガソリン屋について左へ左へと曲り、家並のまばらな新開地へ出ると、月は急に高く冴え冴えと、乙女の小さい影を地べたに落した。
遠く、近く欅の木立が月の光のとけこんだ靄につつまれ、空には、軽い白い雲が浮んでいる。まわりに大きく暈をかけた曇りない月を見ながら歩いて行くと、乙女は月の光の隈なくふりそそぐ微妙な音を、自分の裾や草履の跫音《あしおと》だけがかき乱しているように感じた。そんな時間に独り歩くのは淋しく、こわかった。が、せめてこういう路でも歩いているうちに、新宿へ女給見習に通っている乙女はやっと人心地にかえるのであった。
アヤは方面委員の世話で慈恵病院に入ったが、附添はこっち持ちで、そのための交通費がいったし、祖父ちゃんがもって行く弁当にうちで皆のたべているスイトンをあてがうわけには行
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