――皆がおらこと」
といつか国言葉に戻り、
「チビの癖して、しわん坊だつ[#「つ」に傍点]からやだなア」
その会社では給仕仲間で、互に奢りっこが流行《はや》っていた。勇は奢られて食べるが、奢りかえせないのでそう云われるのだった。祖母ちゃんがつかみ針でミツ子の附紐をつけ直しながら、
「――そんだら、勇、くわねばいいのに――」
と心配げに云った。勉が珍しく早めにかえって机に向い仕事をしていた。
「そんなこと気にすることはいらんよ」
大きい口元を動かし、やさしく、励ますように云った。
「勇は、家をすけてるんだから、無駄銭つかえないからって、威張っていいんだゾ」
兄貴に似て、色白く、ずんぐりだが口元は小ぢんまりしている勇は、抗弁もしないが、賛成もせず、長まって月おくれの「子供の科学」をめくりはじめた。こんな場合乙女は祖父ちゃんにも一言何とか云って貰いたかった。然し、祖父ちゃんは、黙って坐り、煙草をふかしているのであった。
ところが、この祖父ちゃんも遂に他人にまざってものを喋り、馴れぬ東京の街を歩きまわらねばならないことが起って来た。A市にいた時分からよく寝ることのあったアヤが大分手のこ
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