後、もう一遍、来たことがある。いずれも夜であった。従って、周囲の有様や、家そのものの感じも、あまり露骨に見えなかった。
 処が、只さえ万物を乾き、美しくなく見せる残暑の真昼の中で俥から下りると、自分は、殆ど、一種の極り悪さを感じる程、家は小さく、穢く異様に見えた。
 武岳と云う医者の横と、葉茶屋の横との、三尺ばかりの曲り口も、如何にも貧弱に、裏店と云う感じを与える。
 木戸が開いて居るので、庭へ廻り、ささくれた廊下や、赤土で、かさかさな庭を見、此が自分の家になるのかと、怪しいような心持さえした。
 H町に暮して居た種々な、ややアリストクラットな趣味や脆弱さが抜けて居ないので、自分は、静に生活を冥想する場合には、予想し得ないような、階級の差別感に打たれたのであった。
 いきなり格子を開けると玄関になるのを妙に思い、当惑したような微笑を漂せ乍ら、本棚の並んだ八畳を見た。
 Aは、重い棚を動かし乍ら
「どう? 気に入りますか?」
と訊いた。彼の姿を見、自分は、種々なこだわりを忘れて
「結構じゃあないの?」
と云った。
「まだ馴れないから変だけれども、段々よくなるでしょう」
「随分、よく日が当
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