りますね。H町より乾いて、お涼しゅうございましょう」
 まつが、雑巾を持ち乍ら、庭を見る。成程、気がつかなかったら家は西向で、午後になると、日が、真正面から座敷一杯に差し込むのである。
 困ったことだ、と思った。自分は、ひどく眩ゆいのを嫌う。どうするか、と案じた。が、もう、それを云っても仕方がない。
 動くと気分悪く、神経的嘔気を催すので、部屋の敷居の処に倚りかかり、指図をして、近所の蕎麦屋へ行かせた。
 職人にやる金を包み、皆に蕎麦を食べさせ、裏の家と医者の家に配り終ったのは、もう夕暮に近かった。
 H町に居ては、見られない鮮やかな夕映が、一目で遠く見渡せる。
 崖に面した四尺ばかりの塀際には背の高い「ひば」が四本一列に植って居る。その、デリケートな葉が黒く浮立ち、華やかな彼方の色彩に黒レースをかけたように優雅である。
 まつを、いつまでも止めて置くことは出来ないので、我々の夕飯の仕度に鰻を云いつけさせて、帰した。
 急に四辺が、ひっそりとする。
 自分は思わず、真心をこめてAをエムブレスした。何と云う感銘の深い夕暮だろう。
 Aはおなかが空いて居るのを知り、いつまでも食事が出来ない
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