のを気の毒に思った。やっと、八時頃、命じたものが来る。
自分は、八畳の灯の下に、一閑張の小机を出し、白く糊の新らしいサビエットを拡げ、夕餐の用意をした。お茶を飲もうとする茶碗も、箸箱も、皆、今度新らしく二人で買い調えたものだ。
卓子に向って坐ると、二人は、感動し、我知らず祈を捧げる心持になった。
今から、自分達の、二人きりの、生活が始るのだ。どうぞ幸福であるように。彼も、自分も幸福であるように。――
箸をとったら、鰻は、まるで油紙のようにくさい。危く自分は感傷的になりかかった。
Aが、又蕎麦屋へ行かなければならなかった。夕飯を、兎も角済したのは九時過ぎて居たろうか。
引越の前から工合が悪かったので、自分は、又、翌日から床について仕舞った。
H町からまつに来て貰い、翌晩は、ひどく神経的になって、細井さんを呼ぶほどであった。
Aは、さぞ心配されただろう。
然し、其那に長くは悪くなかった。四五日で起きた。
或境遇に、人間が馴致されると云うことは、人々は理論として明に知り、また客観的観察として、屡々口にする。而も、其当人が、自己が如何那境遇を持ち、それに自己の性格のどんな部
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