分を、如何に馴致されて居るか、深く反省することは、あまり屡々ではないのであるまいか。
 H町の生活は、自分の気位、趣味、余裕ある心持等を養うに、偉大な効力を持って居た。
 人間として持つべきだけの威厳、快楽、美に敏感な感情を授けられたことは、生涯、生活を、蕪雑なものにし得ない為に、自分を益して居る。
 けれども、彼の如く、上流の下、或は中の下位の社会的地位の者の家庭に滲み込んで居る、子供としての独立力の欠乏、剛健さの退廃と云うものは、確に自分に頭と一致しない矛盾を与えて居たと思う。
 幸、性格的に自分は甘たるい、つんとした、そして弱い生活を嫌う傾向を持って生れた。その為に、素朴な、実質的な、草の如き単純さと同時の真に充実した生活を営むべきことと、営みたいことの希願だけは強くあった。
 故に、Aとの結婚は自分を、人間として改造し、見えない無数のアフェクテーションをすてさせるだろうと予覚した。
 寧ろ、極貧でないかぎり、富裕でなくてよいと云う心持が、非常に強く自分を支配して居たのである。形式や、据え目や、上品さに煩わされ、流れる水のように自由に生活出来ないことは、実に恐ろしい。芸術家として
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