、見つかるものかね。Aさんにその気がないもの」
「どうして? でも探して居るのよ。此頃家がないんですものね、困るわ」
「――まあ見て居て御覧。きっと見つからないから」
自分は、母上の皮肉な微笑を、其時理解するに苦しんだ。
Aは、黙って、毎朝昼近くまで一廻りずつ附近を廻って来る。
〔約二百字欠〕むほどはっきり思い起した。――
余り、横道に入らず、又、家のことに戻ろう。
今居る片町十番地の家が見つかったのは、八月の下旬であった。
赤門前に頼み始めた頃から、此処に空家のあることは分って居たのだ。が、自分には余り場所が悪く思われた。恐ろしく貧弱に感じられた。其上、先住が建てた風呂場を二百円で買うか、従来、三十幾円の家を五十円にするか、と云う条件つきなのである。
大家の、虎屋と云う米屋が、家賃をむさぼることで近所で有名であると云う噂が自分を恐れさせた。出来るなら、其那面倒のない、其那無気味な大家の所有でない家に、仮令暫くでも棲みたく思ったのである。
市外ならば、其程見出すのが困難でもないらしい。然し、自分等二人ぎりで当分はやって行こうとするのに、瓦斯も水道もない処で、どうしよう。
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