る。
 何故、母上はあれ程、常軌を逸さずには居られなかったのであろう。あんなに賢明であられても、見る宇宙は小さいものであると思い、同時に、子にばかり縋って、その従順の裡にのみ生活の意義を認めて行かれる態度は、真心からお気の毒に思う。私ばかりではない。結婚、恋愛の問題は、Kにも、Hにも、Sにも起って来るだろう。
 幸にして、彼女の希望と一致すれば、何も云うことはない。然し、そう行かなかった場合――第一、彼女が標準とする社会的地位、名望と云うものの標準が異った場合、母上は、又私に於て繰返したと同じ苦悩を経られるのではないだろうか。
 自分は、決して彼女が愚でない丈、苦しみの多いのを知り、どうかしてあげたく思う。然し、私の力で、彼女の裡に生え切った性格をどうされるだろう。彼女は左様な点に於ては、私を、子と云う階級の一歩外へも出ることを許されないだろう。
 兎に角、私共は、AがK大学に古典を教える目算がついた許りで、新居を探さなければならないことになった。
 全く、家なき者!
 私共は、もう夏になり、暑い戸外を二人で、空屋から空屋と探して歩いては、失望して、居辛いわが家に帰り帰りした。
「なに
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