傍点]それ自身を愛したのだ。所謂世間に通用させる為に、姓を変えるなどと云うことは、寧ろ恐るべき人としての屈辱であると主張した。
私は、姓によって、彼を遇することを異るような世間には、世話にならないで生きて行くと云った。真個に、我々が生きて行く世界は其那浅薄なものではないのだ、と断言した。が、母上は、我々の突然な結婚によって受けた苦痛、恥辱の感、それを如何《ど》うして償うかと云うことを根拠として、強く、彼女の意見に執されるのだ。
我々にとっても、彼女にとっても、恐らく家族全部にとって、一九二〇年の春は重苦しく、辛いものであった。
私は、母上の心情にも同情し、理解したが、同時に、至純な、親と云うものの概念に恐ろしい汚点をつけられた。自分は、彼等を何だと思って居たのか、とさえ思った。彼女自身は、自分の愛は、親の愛であるが故に尊く浄く、且つ正当なものであると信じて居られるだろう。然し、実際はどうだ。私の為、私の為と云い、思い乍ら、つまり我意を拡張させようとする。自分が見る丈の世界でよし[#「よし」に傍点]とするもののみを、我々の上に実現させようとされる。彼程、お前の愛す者なら、良人として
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