何人も認めると云われはしても、若し、母上の撰択のみに従い、母上の批評にのみよって居たら、恐らく自分の一生は、単に彼女の誇るべきY子にのみ終始して仕舞うのだろうとさえ思った。
 其時分、自分は、親の愛と云うものに極度の反感を抱いた。それを包んで、彼女を立ててあげようと振舞うような性格に自分は生れ付いて居ない。Aを取るか、母上につくか。
 自分は、どうして責任を以て開いた彼の新生活を絶望させられよう。彼が、私一人の愛によって、何が自分を待迎えるか予想もつかない新生涯に這入ったことを思うと、涙が湧いた。此点では、自分も同じだ。もう、母上の憤りと、涙と、哀願によって、愛人を捨てるには、自分は余り一人の人間になって居る。
 彼女のヒステリー、私の精神の混乱。Aや父上の忍耐の幾日かの後、到頭、私共は自分等で、別に家を持つことになった。
 AはA家の戸主で、移籍が出来得ない。それならば私は、もうA家の者になったのだから、良人の家に移るのが当然であり、Aが、結婚した以上、其位の責任は持つ覚悟だろうと、母上が提議されたのであった。
 今、その時分のことを思い出すと、自分は、眼をそむけたいような心持さえする。
 何故、母上はあれ程、常軌を逸さずには居られなかったのであろう。あんなに賢明であられても、見る宇宙は小さいものであると思い、同時に、子にばかり縋って、その従順の裡にのみ生活の意義を認めて行かれる態度は、真心からお気の毒に思う。私ばかりではない。結婚、恋愛の問題は、Kにも、Hにも、Sにも起って来るだろう。
 幸にして、彼女の希望と一致すれば、何も云うことはない。然し、そう行かなかった場合――第一、彼女が標準とする社会的地位、名望と云うものの標準が異った場合、母上は、又私に於て繰返したと同じ苦悩を経られるのではないだろうか。
 自分は、決して彼女が愚でない丈、苦しみの多いのを知り、どうかしてあげたく思う。然し、私の力で、彼女の裡に生え切った性格をどうされるだろう。彼女は左様な点に於ては、私を、子と云う階級の一歩外へも出ることを許されないだろう。
 兎に角、私共は、AがK大学に古典を教える目算がついた許りで、新居を探さなければならないことになった。
 全く、家なき者!
 私共は、もう夏になり、暑い戸外を二人で、空屋から空屋と探して歩いては、失望して、居辛いわが家に帰り帰りした。
「なに
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