分を、如何に馴致されて居るか、深く反省することは、あまり屡々ではないのであるまいか。
H町の生活は、自分の気位、趣味、余裕ある心持等を養うに、偉大な効力を持って居た。
人間として持つべきだけの威厳、快楽、美に敏感な感情を授けられたことは、生涯、生活を、蕪雑なものにし得ない為に、自分を益して居る。
けれども、彼の如く、上流の下、或は中の下位の社会的地位の者の家庭に滲み込んで居る、子供としての独立力の欠乏、剛健さの退廃と云うものは、確に自分に頭と一致しない矛盾を与えて居たと思う。
幸、性格的に自分は甘たるい、つんとした、そして弱い生活を嫌う傾向を持って生れた。その為に、素朴な、実質的な、草の如き単純さと同時の真に充実した生活を営むべきことと、営みたいことの希願だけは強くあった。
故に、Aとの結婚は自分を、人間として改造し、見えない無数のアフェクテーションをすてさせるだろうと予覚した。
寧ろ、極貧でないかぎり、富裕でなくてよいと云う心持が、非常に強く自分を支配して居たのである。形式や、据え目や、上品さに煩わされ、流れる水のように自由に生活出来ないことは、実に恐ろしい。芸術家として自己を守り立てようと決心したからは、その力をレデュースし、そのロフティーネスを辱しめるような、あらゆる物は、仮令世上の如何な高貴であっても固辞しようと思ったのだ。
処が、暫く暮して見、自分は、種々な不自由さが、我心の裡に植えられて居るのを発見した。
第一、八百屋、魚屋、そう云う処へ行ったりすることが、ひどく困難に感ぜられる。
なりふりにかまわない自分が、いつ誰が来るか分らないと思って机に向って居るのは、実にいやだ。
そればかりでなく、ぴったりと生活が落付かず、何だか借りもののようで、不満が裡に満ちる。仕事も出来ない。
此の状態は、自分にとって長すぎる程継続した。随分煩悶した。自分等の生活が肉感的なので仕事が出来ないのかと思ったり、Aが性格的に自分を煩すのかと思ったり。――然し今、自分には、それ等も少しはあったかも知れないが、要するに、現在日本の社会状態に於ては、芸術に携る女性は、主婦として全責任を帯びたのでは、決して仕事に没頭出来ないと云うことが分った。
自分と云う人並、芸術家は、日常生活に於ても、人並に芸術家として存在する。
女性らしい、或は自分のように家庭を愛し、良人
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