。
[#ここで字下げ終わり]
やす子 (思わず)まあ!![#「!!」は横1文字、1−8−75]
良 三 (おっかぶせ)これからが聞きものなのさ。(文面)
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勿論、今となりましては総て返らぬ繰言《くりごと》でございます。何ごとも定められた運命と思い諦めるより、致しかたはございません。
けれども、母の身となりましては、せめてこうなります前、一度でも、斯界の泰斗として衆望を聚《あつ》められる先生の霊腕に接し得なかったことのみが、かえすがえすも、心遺りに存ぜられます。
終りに先生の御健康を祈り、博大なる御心を以て、世の幾百の哀れなる幼児のために、御尽力あらんことを切望致します。
敬 白[#地より4字上げ]
柳田まさ子[#地より6字上げ]
中西良三先生
玉机下
[#ここで字下げ終わり]
良 三 どうだい?(やす子が涙を目一杯にしているのを見て、我知らず調子を変える)勿論僕だって、子供に死なれたことは幾重にも同情するさ。親の身になったら全く堪るまいからな、然し、自分の子供が死んだからって、何も、僕にこんな意味深長な矢文を投げて寄来さないだっていいじゃあないか? 底意が癪に触る。どうしろと云うのだ!(次第に語気烈しくなる)
やす子 (感動した顔をあげる)……だって、――それは嘘ではありませんことよ。貴方!(凝《じ》っと良三を見る)
良 三 嘘ではないって――書く動機がか?
やす子 ええ。――それは確に少し何だか……そうね、芝居がかりかも知れないけれども、ほんとはほんとですことよ。あの方は、ほんとにそういう感動に打れてお書きになったのですわ――(低い、厳かな声)一体、貴方、何をなさったの?
良 三 何をなすった? ハハハ(神経的な笑)細君に迄そう詰問されちゃあ立つ瀬がないね。何でもありゃあしないのさ、(自ずと弁解的な口調に落ちる)ほら、いつだったか、余程前に、岡や何かと釣に出かけようとしている時、柳田から電話が掛ったことがあったろう?
やす子 (手紙をとりあげ、見るともなく眺め、考えに沈んでいる)そうでしたかしら、思い出せませんわ。
良 三 その時、奥さんが自分で電話に出て、僕に来てくれと云ったのさ、去年生れた子が、どうも呼吸器を悪くしているらしいからってね。然し、僕
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