三十日になると、モスクワ全市の食糧品販売店では、火酒《ウォトカ》、ブドー酒、ビール、すべてアルコールの入った飲物を一斉に――売り出すのか? そうじゃない、反対だ。絶対にアルコール飲料は売らなくなる。
メーデーは神聖な世界プロレタリアートの祝日だ。ホロ酔い機嫌でデモに参加する奴なんかあっては、階級の面よごした。だから一切酒は売らない。
ロシア人は、何しろ毎日ビショビショ降りつづく十月にあの偉大な革命を遂行したぐらいだから、だいたい天気には無頓着だ、雨が降ったって、雪がふったって、傘なしで元気なものだが、メーデーの前日だけは、誰でもつい天気を気にする。
「あした、どうかな天気工合は?」
「よくしたいもんだ。もっとも、ちっとやそっとパラパラ来たって平気さ。去年だってお前、朝のうちは一寸落ちたが、プロレタリアの威勢を悦んで、昼頃は太陽が照り出したぜ。」
去年のメーデー! 自分はモスクワ赤い広場近くの大通り近くに住んでいた。
目をさますと、今朝は往来が何とも云えずシーンとしているのが室の中まで感じられる。そりゃそうだ。メーデーにはモスクワ中の電車、乗合自動車がすっかり止る。車掌でも運転手
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