いう現象の複雑さでは、つまるところ儲けが眼目で本屋は当りそうな女の本をあさっているのだとばかり単純に云い切れないところがあるだろうと思う。
 この頃になって何故そんなに女性の書いた本に注意がひかれているのだろうか。女の書いた本というのは、どちらかというとまだめずらしい。それも理由の一つだろう。それとともに何となし社会の息づかいが乾いていて、何か素朴な、原形のままの人間感情のやさしさや、しなやかさや弾力を感じとりたくて、案外のような人も本を買っている。購買力が高まり、読書する人の層が全く従来の範囲から溢れて来ていることも明白で、そのことはとりも直さず、自分の腕で、自分でつかっていい金を稼ぐ若い男女の増大を示している。そしてこのことは、若い女性の生活にある種々の問題が、これまでより一層めいめいにはっきりと自覚されて来ている事実を語っているし、それらの問題が社会の中で普遍性をもった問題となって一般の目に映って来ていることをも語っていると思う。
 女性が女性として語ろうとしている本が消化されるのは、女性が置かれている新しい社会的な境遇について、自分たちにあるあれこれの問題について知りたい、自分
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