。第一、いい恋愛とかいい結婚生活とかいう、その判断の自分としてのよりどころを、どこにおいていいかもわからないだろう。
 この責任という感情は、人間のいろいろの感情の発達の、最も高い段階に属する感情の一つである。未開人は責任の感情というものが極めて粗朴の状態におかれている。人間生活への思意が複雑明瞭になって来る度につれて、さながらしずかにさしのぼる月の運行に準じてあたりの山野が美しい光に溢れて来るように、人間の美しい精神の輝きとしての責任の感情もひろく、深く、大きいものとなってゆくのである。
 こんなに未熟で、格別のとりえもないような私たちが、やはり女の全歴史にかかわる責任のもとに生きているのだと云えば、対象は大きくて架空のように響くかもしれない。だけれども、ありとあらゆる思想にしろ、情感にしろ、行動にしろ、それが現実のものであるならば、ことごとく私たちの肉体を通じて生かされてのみ初めて現実として存在するという事実は何とつきない味いのあることだろう。自分の一生を生きるのは自分であって、ほかの誰でもない。この一事を、深く深く思ったとき、私たちの胸に湧く自分への激励、自分への鞭撻、自分への批
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