従妹への手紙
――「子供の家」の物語――
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三二年一月〕
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 すみ子さん、こんにちは!
 今日は湯浅さんとふたりで、珍しいところを見て来たから、忘れないうちにそのことを書きます。「子供の家」を見学して来たのです。
 ソヴェト同盟には「子供の家」というものがあるのを、知っている? 親のない子供や、または親があってもいろいろわけがあって一緒に暮らせないような時、ソヴェト同盟には「子供の家」というのがあって、そこで食べさせて、着せて、十八になって一人前の働きてになるまで世話をしてくれる。それが「子供の家」です。
 今から十四年前、ソヴェト同盟が新しい社会を建てた時、つまり革命をやった時、沢山の労働者・農民の闘士が赤色戦線でたおれた。間もなく、ひどいチブスが流行して、それでも大勢のものが死んだ。子供も死んだが大人も死んで、孤児がウンとできました。
 そういう孤児をソヴェト同盟では立派な働きてとして育てるために多くの費用をかけて国家で「子供の家」を組織したのがそもそも「子供の家」のはじまりです。
 今では、モスクワみたいに大きい都会だと各区に一つ以上の「子供の家」をもっている。だんだん「子供の家」にもいろんな種類ができて、日本でいう不良少年のような浮浪児を教育する「子供の家」と孤児の「子供の家」とは別になっている。
 私たちの訪問したのは、親のないソヴェト同盟の子供たちの暮している「子供の家」の方です。
 市の中心から東に向って電車にのる。
 クレムリンの古めかしい壁の外をギーとまわって、菩提樹の下にベンチの並んでいる公園の横を通り、電車は次第に工場の多い区域に進みます。
 少し先へ行くとモスクワ第一の大金属工場「鎌と鎚」の工場へ出る、その手前で電車を下りた。
 町の名、番地を書いてある紙片を手にもって、曲り角を見上げては、右へ、また右へと静かな通りを進みました。(モスクワでは町の角々の家の壁にちゃんと町名札が出ているから、探すときにはそれを目あてに歩くのです)
 暫く行くと左側に「母と子の健康相談所」のカンバンの出た建物がある。その二軒ばかり先が「五月一日の子供の家」です。
 もとは誰かブルジョアの住居だったとみえて、正面には円柱が並んだりした大きな家です。横手に板塀がめぐらされていて、通用門はそこにある。
 ずっと入って行くと、玄関のところで赤いネクタイをつけた可愛いピオニェールの少女と少年が声をそろえて嬉しそうに、
「あ、来た、来た!」
 そして、こっちへかけ出してきました。
「こんにちは!」
「こんにちは! あなたがたでしょう? 日本からきた作家たちというのは――」
「電話で知っていたんです」
「さアこっちで外套ぬいで下さい」
 われわれのまわりは忽ち珍らしそうにとりまいた十から十五六までの少年少女でいっぱいです。なかの一人が、
「じゃ私アンナ・ドミトリエーヴナにそう云ってくるわ」
 奥の方へかけて行きます。
 玄関から左手の奥の方は女先生、アンナ・ドミトリエーヴナの住居になっているらしい様子です。つき当りの窓に水栽培のヒヤシンスの瓶などがかざってある。
 子供たちから見ると丁度お祖母さんぐらいの年恰好の女先生が、きれいな白髪で、しかし元気そうな顔つきで出て来ました。
「ようこそ! 子供たちはさっきから待っていましたよ。どうしておそかったんです?」
「モスクワは大きい市ですから、三年いたってまだ迷子になったんです」
 ドッと子供たちは笑う。お祖母さん先生も笑いながら、
「おや、これから私どものところでは御飯ですから一緒にたべて下さい。それから……」
 ぐるりと、かたまっているみんなを見廻して、
「今日は誰が文化委員です?」
と子供たちに訊きました。
「僕です」
「私も……」
「エレーナもそうです」
「では三人で、このお客さんがたによくいろいろ説明しておあげなさい。またあとで御質問がありましたら私がお答えしますから……じゃ、ごゆっくり、どうぞ」
 ずいぶん日本のそういうところと様子が違うでしょう?
 ソヴェト同盟では小学校からズッと生徒に自分たちの力で級の仕事をやってゆくように育てられています。
 級長なんかというスマした優等生が、先生の小さい出店みたいなことをするのではない。級全体が選挙して、文化委員、衛生委員、学務委員というものを何人かずつきめる。
 その委員たちが、みんなといろいろ相談し、学校の湯呑場、手洗場が清潔かどうかということから、先学期は、どの課目が級全体としておくれたから、今学期はそれをどうとりかえしてゆくかということまで、先生と相談してやって行く。
「子供の家」ももちろんいろ
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