案内する前、雑誌や新聞をこの隅に重ねた時、間に、フランス鞣に真珠貝のボタンのついた四角い小銭入《こせんい》れが在った覚えがある。考え出そうと頭を傾《かし》げ乍ら戸棚の奥まで徒に探した愛は、急に何か思い当て嬉しそうに柔かい毛足袋《けたび》の音を立てて二階に行った。禎一は、机に向って居る。愛は、
「私、一寸出かけて来てよ」
と云った。
「行っといで――さっきの借金忘れないように」
「――だから頂戴」
禎一は訝しそうに、愛の顔を見上げた。
「何を?」
「私の――」
「お前の? 何さ」
「ほんとによ」
愛は、極りのわるそうな顔で囁いた。
「これから放《ほっ》ぽり出してなんか置かないから、ね」
「何さ、わからないよ」
本当に、良人が何を云われて居るのか分らないのを知ると、愛には益々金入れの行方が判らなくなって来た。彼女には、前に一度そういう経験があった。今よりもっと途方に暮れ、さがしあぐねて居ると、禎一が何気なく
「二階見たかい」
と尋ねた。ある筈ないんだけど、と、愛が行って机の引出しをあけて見たら、計らず其がとりあげられて居た。その時を思い出し、彼女は、いきなり良人の仕業と思い込んだので
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