。彼は、たっぷりした奇麗な桃を一束買って来た。
「まあ、いい花! まるで春らしい形恰ねこの桃――でも、お金足りたの? あれっぽっちで」
「十銭、花屋の爺さんに借金して来たのさ、夕方でも出たら忘れずに返してやっとくれ」
花好きの愛は、其を大きな赤絵の壺にさして椽側の籐卓子に飾った。外光に近く置かれると、ほんのり端々で紅らんだ白桃の花は、ことの外美しかった。彼等は平和に其を眺め乍ら茶をのんだ。
五時頃、晩の買物に出かけようとして、愛はやっと忘れて居た金入れのことを思い出した。先刻、せき立てられてそのままにして仕舞った新聞の間を、丁寧に調べた。――無い。直ぐわかるつもりで膝をついて居た彼女は、ちゃんと畳の上に坐り込んだ。更に念を入れて、茶箪笥の引出しまで見た。やはり無い。……
愛は、丸まっちい顔に困った表情を浮べた。彼女は、生れつき、決して行き届いた始末屋ではなかった。彼女が、ここに置いたと思い定めて居た細々したものが、ここにはなくて案外な隅っこで見つかることはこれ迄も珍しくなかった。愛は立ち上り乍ら
「どこだろう……」
と、自信のない独言をした。然し、確に昨夜、食事に小幡をこの部屋へ
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