追いかけっこをする。けれども、だんだん子供が帰って来、入り乱れる足音、馳ける廊下の轟きが増し、長い休の中頃になろうものなら、何と云おうか、学校中はまるで悦ぶ子供で満ち溢れてしまう。
 四十分か五十分の日中のお休みは、何といいものであったろう! 鐘が鳴るのに、まだ、まだ時間はあるというくつろぎ、云い難い甘美がある。朝は薄寒いようで、賑やかでも引緊った空気は、昇る太陽につれて膨み機嫌よくなって来る。手に触り体が触れるあらゆる建物の部分は、幸福に乾いてぽかぽかしている。見えない運動場の隅から響いて来るときの声、すぐ目の前で、
「おーひとおぬけ、おーふたおぬけ、ぬけた、ちょんきり、おじゃみさーあくら」
と調子をつけて唱う声々の錯綜。――
 その声と光に包まれながら、自分が廊下をゆっくり、ゆっくり歩いて行く。大人のような気になり、前後左右のものを観察し、その心持を感じ、悦びは感じながらも手持ち無沙汰な有様で歩いて行く。メリンスの、雲と菊の模様のある羽織を着、処々色の褪めた紫紺の袴を穿いた自分の様子は、どんな風にその場合見えただろう。鍵の手に曲った廊下を行くと、突当りの一寸左に、弟の教室があった。
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