! たまらない。
ターニャは自分でふき出しながら、ほっぺたの上から金髪をかきのけた。
――でも、みんないい青年たちなんです。СССРに労働科《ラブファク》で勉強してる若い男がみんなで今(一九二八年)五万人ばかりいます。みんなソヴェト国家の為に何かする人間です。ルナチャルスキーが云ってたでしょう?「ソヴェト国家にとって最も必要なのは今|労働科《ラブファク》で困難にうち克ちつつ学んでいる者達だ」って。
[#ここから3字下げ]
(ロシア共和国内だけの労働科《ラブファク》に於ける女学生数は一九二七年一五パーセントだった。
全СССРで高等専門教育過程をふみつつある女性は二九・八パーセント(一九二七年)、世界文明国中第六位を占めている。日本は略第十一位だ。)
[#ここで字下げ終わり]
また別な或る雪の日のこと。
ひと仕事すんだターニャが日本女の室で、かけてのまだない安楽椅子に腰かけ、青リンゴをうまそうにかじっている。
――くたびれた?
――すこうし。
二つめのリンゴにかぶりつきながらターニャはいかにもたのしそうに、たのしさから足でもぱたぱたやりたそうに云った。
――もうじき休暇になる!
ソヴェト労働法は姙娠した労働婦人に出産前二ヵ月、出産後二ヵ月の給料全額つき休暇を与えるのだ。(知能労働婦人は前後三ヵ月、同じ条件で。)
雑誌をかりに来てしゃべっていたエレーナが、年若い糖尿病患者の消耗性で輝やいた眼でターニャを見ながら、
――お産の仕度にいくら貰えるの? お前さん。
と訊いた。
――誰でも月給の半分まで。……でも九ヵ月牛乳代をくれるんです。
ターニャは窓の前に立って裸の楡の木の枝々にドンドン降りつもる雪を眺めた。
――いいこと! 休暇になったら毎日毎日散歩しよう!
散歩するという動詞にターニャは我知らず複数をつかった。そしてその調子の優しさが光のように室をながれた。
彼女が、丸い体の重みで幾分踵をひくような歩きつきをしながら雪明りの室の中からそれより白い姿を消してしまうのを見送っていたエレーナが、急に背中をのばすような身ぶりをし、灰色の病衣を片手できつく自分の高い胸へかき合わせた。
――これが我らの時代だ!
エレーナの心をふかく、つよく掴んで揺っているものがある。暗い燃える眼で刺すように日本女の黒い眼を見つめていたが、やがて、
――あなた
前へ
次へ
全18ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング