上は、屈辱に堪えて私生子を生もうとした允子の心は、子に対した場合は実に俗人的になって、「真理を愛し真実な生活をいとなむような人間にしたい」ことと、子供に「社会の中枢に立って立派に働いてもらいたい」心持とを、いつの間にやらごったにしている。この混同は作者によって計画的にとりあげられているのではなく、作者の内部に在るものが寧ろ自然発生的に作品の裡にその反映を見せているのである。
人間の社会、この人生は、確に「真理を愛し、真実な生活を営む」人間の日常生活がとりも直さずその「社会の中枢に立って立派に働く」ことと一致したものでなければならない筈である。けれども、今日の社会の現実は、そのような人間的調和をもった社会生活の中で、各人が持って生れたものを素直に誤らずのばしてゆく可能を九分九厘まで奪っている実際である。社会の中枢で立派に働くことと、真理を愛し、真実な生活を営むこととの間に日夜の相剋が在るからこそ現代の真面目な青年たちは苦しんでいるのであると思う。そういう青年たちの親の深い愁と心痛とがあるのである。そして、山本有三氏の小説に心をひかれる読者層の大部分こそは、実にこういう苦痛をもった人々で
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