性質のよって来る社会的な原因およびそれが生活を明るくするものであるか、そうでなくするものであるかということについても考えるだけのものをもっている。考えた結果に従ってある範囲までは自分の態度なり周囲へのおよぼし方なりに何か持ち来たすこともできる。女の人が常識に負かされて悪い意味の実際家になって、年を経るに従ってつまらない人になってゆくのは、彼女たちが現実を充分知っての意味で現実的に成長できない場合にきっと起って来る。同じ常識の埒の中に暮らしても外で働いて経済的に自分の主人となっている男の生活は、あてがわれた家計の中で今のような世の中に辛苦することだけで明けそして暮れてゆく女の実際とは何といっても違ったところがある。
私たちは、そんな辛苦はつまらないと五百円の収入の男を夫としようとするのではなく、その辛苦のつまらなさのも一つ先の社会の波までも見透して、機智とユーモアをも失わず自分たちの幸福を守ってゆこうとしているのだと思う。
いつか婦人の生活と知性ということにふれてかいたことがあったが、常識というものについての私たちの態度がどうであるかということの終りには、やはりほんものの知性の必要が
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